
わが国の民間では、年間の時間的経過や一生の間に幾つかの結節点を設け、それを「折り目」、「節目(ふしめ)」と称して特別な行事を催す慣行がある。人間の一生についてみると、誕生から一人前にいたる成長期にもっとも集中して展開する。例えば名づけ(お七夜)、初宮参り、氏子入り、食い初め、初節供、初誕生、七・五・三、成女式、成年式、結婚式などがあげられよう。それらは人間である限り成育に伴って必ず訪れてくる生理的な発達現象であるけれど、その健全な成長を期待して神霊にその加護を祈る。それぞれの成長期ごとに次々と関門を設け、その結節空間を無事のり越えられるよう、神の力を請いもとめる、そういう民間の信仰にもとづいて儀礼的体系が組まれている。
つまり人間の生命力の増長は、成長の各時期ごとに設けられた通過儀礼の関門を克服することによって賦与されるとみている。そのために、神は幾多の試練を課して子どもや若ものの可能性をテストする。そこで、テストにパスしようとして心身を鍛練する。そうしたバリアーを越える力を獲得する営みのなかから、新しい生命の能動的活性化がみられることになる。
同じ原理は、近代化によって都市化した地域社会のなかにも、かつて生きていた。ことに農山漁村の年中行事や共同体祭祀のなかで鮮やかに展開していた。村祭りや鎮守社の祭礼などになると、出稼ぎや遠洋漁業の漁師は、こぞって生まれた郷里へ帰り参加した。シビアな日々の仕事にあけくれる氏子たちは、暮らしのリズムを守り、精力の善用につとめるけれど、徐々に疲労が重なり意気が消沈する。田植えとか稲刈りのように一仕切ごとに祝杯をあげて息を吹きかえすけれども、必ずしも十分に回復できない。やはり待たれるのは、四季の折り目に祭日を設け、集落をあげて全勢力を傾け尽くす大がかりな共同体の<お祭り>であった。温帯に位置する弧状の日本列島では、春夏秋冬の区別が明瞭であって植生もまたそれに規制されるから、人びとの暮らし方は当然ながらこの四季の推移、自然の摂理に即応する。その永い歴史的体験から創出された巧緻な成果が、日本人の<いのち>をよみがえらせ、民族の生命を活性化する契機となった。
風雪にさらされ逼塞した冬ごもりからさめて、春先の労働に耐えるエネルギーを獲得しなくてはならない。そのために春祭りは催される。そして春仕事で使いはたした疲れを休め、来るべき炎暑の野外労働を無事消化できるようにと夏祭りに期待する。秋祭りにおいては収穫期のきつい作業をこなし、豊稔のよろこびをめでたく迎えられるよう祈念する。そして、冬祭り(霜月祭)には、豊年の美味し神酒を神と共飲し、海山川の幸を共食して、精気の萎える冬に備える。とともに一陽来復の来るべき年を予祝する。このようにしてそれぞれ祭りごとに趣向のちがいはみられる。けれども、いずれにおいても、神の降臨を仰いでその神託をうけ、神霊の憑依する神饌を共食すること(直会)を不可欠の神事としていた。つまり神霊の憑入によって精力が賦活し、生命力がよみがえるとみていたところに注目しなければならない。人びとは<祭り>の神聖空間を通過するごとに生まれかわり、強じんな力の盛り上がりを感じとっていたわけである。
◆プロフィール◆
櫻井 徳太郎(さくらい・とくたろう)
【1917年生】
1944年、東京文理科大学(現、筑波大学)史学科(国史学専攻)卒。東京高等師範学校助教授、東京教育大学文学部助教授、同教授、駒澤大学文学部教授、同文学部長、同学長などを歴任。1991年、駒澤大学名誉教授、中央学術研究所講師。1962年第1回柳田國男賞、1981年紫綬褒章、2002年第12回南方熊楠賞 1962年、文学博士。
専攻:宗教民俗学、日本宗教社会史、シャーマニズム論。
主要著書:『櫻井徳太郎著作集』10巻(吉川弘文館)『講集団成立過程の研究』(同上)『神仏交渉史研究』(同上)『日本のシャマニズム』(同上)『日本思想大系−寺社縁起』(岩波書店)『日本民間信仰論』(弘文堂)『沖縄のシャマニズム』(同上)『結衆の原点』(同上)『日本人の生と死』(岩崎美術社)『宗教と民俗学』(同上)『霊魂観の系譜』(筑摩書房)『祭りと信仰』(講談社)『日本民俗宗教論』(春秋社)など。
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