しかしそれよりも前に我々一人ひとりがこの声を聞くべきかもしれない。現代社会は欲望を充足することを否定しない。むしろ最大限に充足させるためにひたすらに走ってきた。しかし宗教の原点は「少欲知足」であったはずである。日本にはあまり金のことを言うのははばかられる風土があった。物にもいのちがあって、針供養という宗教行事が物語るように、使い終わったらその霊を慰めてきた。しかし今は臆面もなく金金金である。いのちよりも経済が大切なのである。
地球の温暖化も困るし、資源の枯渇も何とかして食い止めたい。しかし常識で考えても、欲望を抑制しないで二酸化炭素を減らせるわけはない。欲望を抑制しないで資源が守れるはずはない。会社倒産も失業も困るが、といって今の日本がそれほど貧乏になったようには思えない。豊かなところにだけ富が集中し、弱者には回ってこなくなっただけではないか。リストラが成功して史上空前の黒字が出たなんていう会社の社長の手柄話を聞くと、おいおいそれでよいのかいと思う。
難しいことは判らないし、ことはそれほど簡単ではないのかもしれないが、しかしもっと謙虚になって、人間の原点に戻るべきではないか。この怨霊を静めないかぎり、安心してくらせる社会なんて作れっこないと思う。そのためにはいっぺん、世界中の人々が懺悔することだ。
先ほど紹介した著者は「対抗発展(カウンターデヴェロップメント)」を主張している。
「対抗発展」という言葉でまず言いたいことは、今までの「発展」の意味、つまり経済成長を否定することです。否定するというのは、これから発展すべきなのは経済ではないという意味です。逆に人間社会の中から経済という要素を少しずつ減らす過程です。
すなわち一つには、対抗発展は「減らす発展」です。エネルギー消費を減らすこと。それぞれの個人が経済活動に使っている時間を減らすこと。値段のついたものを減らすこと。
そして対抗発展の二つ目の目標は、経済以外のものを発展させることです。経済以外の価値、経済活動以外の人間の活動、市場以外のあらゆる楽しみ、行動、文化、そういうものを発展させるという意味です。経済用語に言い換えると、交換価値の高いものを減らして、使用価値の高いものを増やす過程、ということになります。
現代社会に問題があるとすれば、今こそそれを作り変える好機である。
この著者は政治学を専門とする方のようである。宗教者ではなく、そういう方の言葉であるだけに勇気のある発言で、説得力を持っている。長々と引用させていただいた所以である。
◆プロフィール◆
森 章司(もり・しょうじ)
【1938年生】
昭和43年、東洋大学大学院文学研究科修士課程修了。
現在、東洋大学文学部教授。文学博士。
専攻は、原始仏教並びに部派仏教思想。
著書に、『仏教比喩例話辞典』(東京堂出版)『原始仏教から阿毘達麿への仏教教理の研究』(東京堂出版)『戒律の世界』(北辰堂)『仏教的ものの見方』(国書刊行会)『初期仏教教団の運営理念と実際』(国書刊行会)等がある。なお現在は当研究所の研究テーマである「原始仏教聖典資料による釈尊伝の研究」を推進中であり、現在その報告書が5巻まで刊行されている。
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