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次は最近の話題であるが、ボランティアグループで国際協力として東南アジアへの教育支援を始めて何年か経過した。カンボジアの子供たちへ絵本を贈る運動も軌道にのり贈呈そして交流を行ってきた。昨夏、再びプノンペン訪問計画の際、メンバーのガールスカウトリーダーは子供同士の交流をさせてみようと言いだし、中2の女子2人を引き連れて計9名のツアーとなった。プノンペンの子供達およそ100名との交流プログラムを準備していった。最初は図書館内で絵本の贈呈、そして地元の子供達からのダンスの演舞披露、室内ゲーム、お絵かきといった交流の後、庭に出てのゲームとなった。ところがこのあたりからすれ違いが目立って大きくなっていった。「大縄跳び」では順序良く並ばせて、中学生2人に最初に見本を跳ばせ後は地元の子供たちに続かせようとしたが、周りから勝手に入り、誰かが引っかかればワッと喜びまた繰り返し。負けたものが後ろに付き、だんだん長くなって最後にチャンピオンを決める「ジャンケン鬼」、途中でも平気で入り込みまるでまとまりがつかない。しかし地元の子供たちは平気で、その他のゲームでも似た状況。出発前、2人の中学生には「日本の遊びを紹介するのでまず手本をやってみせなさい」と言い含めておいたが全くの見込み違いであった。何よりも団体としての訓練ができていない、列を作ろうとか1ゲームが終わってから参加しようとの意識は全くなし、途中から平気で割り込みそれを咎めるものもいない、しかし子供達は皆楽しそうに遊んでいる。こうなるのかと眺めていられたのは大人達で、参加の中学生2人はついに「ばっかみたい」と言ってベンチに座り込んでしまった。 現在、日本に住む我々は実に恵まれた環境にあるといえる。プライバシーの保護、健康に生きる権利、教育を受ける権利、弱者に対する保護等々、そして物質的欲望を最大限かなえられるように行政や親が努力をしている。今だポル・ポトの影響で満足な教育を受けられないカンボジアの子供達、親の離婚や失業で十分に食べることもできないバンコクのスラムの子供達とは好対照である。プライバシーの保護といって個室や十分なスペースを開発途上国の子供達にも与えるには地球は狭すぎる。十分な食事が与えられることは結構だが、60億余の人口が食べていける食糧の生産はよほどの技術革新がなくては不可能である。飢餓の世界の存在も知っておくことは最低必要条件であり、我慢の世界も教えておくべきである。先進国だけでかなえられる条件を当然のものとしている、これ自体が驕慢であり途上国に住む人達にたいする失礼な態度ではないだろうか。
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