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『法華経』研究に思う
山崎 守一(国立仙台電波高専教授)

 明治以降、仏教学の研究にもヨーロッパの新しい研究方法が採用され、これまでの漢訳のみに依存することから、パーリ語やサンスクリット語、チベット語のテキストをも用いて、比較・検討するという新しい研究方法が取り入れられるようになった。法華経の研究もこの例に漏れない。
 今日、法華経の原典テキストとして研究者に用いられるのは、オランダ人学者、ケルンとわが国の南条文雄によって校訂されたテキスト( ed. by H. Kern and B. Nanjio, Bibliotheca Buddhica X, St-Petersbourg 1908-12)である。このテキストは、ネパール系の写本(6本)を底本とし、中央アジア系写本1本を参照・注記したものであるが、ネパール系の写本をベースにしながらも、伝承の異なる中央アジア系写本を混在するといった校訂の仕方をしている。この誤りは、異なる伝承の系統に属する写本を区別しなかったことに起因するのであるが、当時の校訂者が仏教混淆梵語(Buddhist Hybrid Sanskrit, 大乗経典に使用された仏教特有の言語をアメリカ人学者、F. Edgerton がこのように命名した)の知識に乏しかったことにもよる。この欠陥を補うべく刊行された荻原と土田の校定本 ( Romanized and Revised Text of the Bibliotheca Buddhica Publication by Consulting a Sanskrit Manuscript & Tibetan and Chinese Translations, by U. Wogihara and C. Tsuchida, Tokyo 1934-35) にしても前者を超えるものではない。
 このようなわけで、「写本に帰れ」ということが頓に言われるようになり、写本の研究の重要性が強調されるようになってきた。法華経の写本は、発見された地域によって3系統に分かれる。すなわち、(1) ネパール・チベット、(2) カシミール(ギルギット)、(3) 中央アジアである。写本の材質は貝葉 (palm)、白樺樹皮、紙の3種に大別される。ネパール系は約30種程発見されているが、筆記された年代は11世紀から19世紀にまで及んでいて、完本が多いことが特徴である。ギルギット系は、白樺樹皮に直立グプタ文字で書かれている。中央アジア系は、前2系統とはかなり隔たっていることが特徴であり、不完全な端本が多く存在する。これらの写本は、東洋文庫、民族文化宮図書館(北京)、ケンブリッジ大学図書館、大英博物館、英国アジア協会、フランス国立図書館、アジア協会(パリ)、東京大学図書館、ネパール国立公文書館等、世界の公的機関に保管されている。