
仏教の観点からの宗教者の役割
ユダヤ教、キリスト教、イスラームという世界の3大宗教を生み出した中東世界には、古代から「目には目、歯には歯」といった報復の思想がある。それに対して、仏教は「縁起の法」である。私たちはこの仏教の「縁起観」を通じて今回のテロ事件の実相を凝視し、この「縁起観」に基づく平和への貢献ができるのではないだろうか。
正義の思想は、報復の思想と化す。パスカルは『随想録』の中で「ピレネー山脈を越えると、いま一つの正義がある」と述べているが、所詮、単純な正義論は正義の相対主義に堕り易い。その上、最も危険なことは、それは、だれが正義でだれが不正義か、という犯人捜しの思想となることである。
「縁起観」に生きる仏教徒としては、なぜこのような事件が起こったのか、その因縁果報を洞察し、事件の実相を見極め、和解の道を探っていくことが大切である。「異体同心」などの仏教の平和で寛容な智慧を、現在戦闘している両者とその国民に働きかけていくことが必要であろう。
今年、第18回庭野平和賞を受賞されたエリアス・チャコール師はイスラエルのパレスチナ人で、カトリック・メルキト派の神父である。
師はユダヤ人とアラブ人の融和を目指し、人材育成に取り組んでこられた。
エリアス・チャコール師は、その受賞講演で、師自身が、幼少の時代に国外に追放され、難民として生きねばならないような迫害を受けたにもかかわらず、「すべての人が特定の宗教や国家の成員である前に『いのちの子』として扱われなければならない。ユダヤ教化された神、キリスト教化された神、イスラーム化された神という特定の宗教や国家に限定された神の下に生きるのではなく、私たちに『いのち』を与えて下さった神の『いのちの子』として、互いに赦しと和解を実現していかねばならない」と述べられた。仏教との共通点も見受けられる師の思想や経験は、私たちに多くの教訓と示唆を与えてくれるように思われる。
私たち仏教者は、足下の具体的な実践から始めるべきである。アメリカの大統領をはじめ、日本を含めた世界の政治指導者、国連の首脳に対して、私たちの平和への願いをもっと強く訴えていく必要性を感じる。同時に、対立によって苦しんでいるイスラームの人々、あるいはユダヤ人、キリスト教徒に向かって勇気づけを与えられるようなメッセージの発信や活動を行っていかなければならない。
そして、私たち日本の宗教者自身も、できるだけ早急に日本のムスリムを中心として、日本の宗教者が平和への道の実現に向けて相集い、対話を通して理解し合い、広く世論を啓発して、協働するための場をつくる必要がある。今こそ、宗教対話と宗教協力が求められている時はない。
◆プロフィール◆
眞田芳憲(さなだ よしあき)
【1937年生】
1959年中央大学法学部卒業1964年中央大学大学院博士課程単位取得満期退学。
中央大学助教授を経て、1973年教授。
現在、中央大学法学部教授。地域文化学会理事長。WCRP日本委員会平和研究所副所長。立正佼成会評議員。中央学術研究所講師。
専攻分野:法制史、ローマ法、イスラーム法、比較法文化論
著書:『イスラーム法の精神』『イスラーム法と国家とムスリムの責任』『平和の課題と宗教』(共著)、『共生と平和の生き方を求めて』(共著)など、その他著書、訳書多数。
|
|