電子記録の保存性−アーカイブ化の視点
しかも、電子記録の場合、その媒体がどれくらい安定性があるかについて、あまり関心が払われていない。それは、これまでもそうだったが、情報技術の進歩が非常に早いために、一つの情報媒体の商品価値が維持される期間が短縮されていることが挙げられるだろう。コンピュータのモデルチェンジは3ヶ月に一度くらいの頻度だし、デジカメやオーディオ関連機器、ビデオなど、ここ10年間でどれほどのモデルチェンジが行われたか、記憶だけではとても追いきれない。結局はそのために、今では再生機器が無いばかりに見たり聞いたりすることが出来ないものが続出している。米国では、宇宙探査の成果を記録した磁気テープをはじめ、人口調査、貿易、健康調査などのデータが、再生できないがために「失われ」てしまったことが、ビデオ『Into the Future未来へ』(紀伊國屋書店、1998)に取り上げられている。日本では、いくつかの役所で80年代に導入した光ディスクが、事実上使えなくなっている事例を耳にした。90年代初頭に聞かされたのは、ナイジェリアのアーキビストの、「オープンリールのテープをもっているが、再生機械が無いので聞けない、その旨ソニーに伝えて欲しい」などというメッセージ。そんな外国事例を引くまでもなく、私自身オープンリールテープを持ってはいるが、機械がなくて聞くことはかなわない。電子記録を未来にきちんと引継ぐには、結局のところ手遅れにならないうちに新しいシステムで再生できるように「変換」し、定期的に再現性を確認するモニター作業を行っていくことが唯一の方法である。今のところ、他に方法はない。日本だけではない。IT政府政策が導入され、記録がどんどん電子化されていく一方で、電子通信の長期保存方法についてのこれといった方策はまだ見つかっていないのが世界の実状である。
読めなくなる電子記録 (アーカイブ)
古い話だけではない。90年代後半のことでさえも、コンピュータの記録をめぐる「読めなくなった」「壊れてしまった」という話題は、実は結構たくさんある。例えば、阪神淡路大震災では、コンピュータ記録ではなく、一時的なコンピュータ機械や通信手段の不具合または途絶により、日常業務に影響が出た。銀行などでは、コンピュータ時代到来前の手作業による業務方法が復活した話を聞いた。コンピュータしか知らない若い銀行員は、この時ばかりはコンピュータなしでも銀行業務をこなせる先輩のノウハウを見習う必要に迫られたのではないだろうか。
こんな大規模災害ではないが、ある大手企業では、節電節約を言いつけられていたガードマンが「善意」で夏の夜、コンピュータ室の冷房を切った。そのため、過熱でコンピュータがダウンし、そのコンピュータが保管していた図面などの記録=記憶が失われた、という「裏話」もある。これは、災害である。表の話になれば被害総額いくら、ときっと数値で表現されるだけのものであったろうが、なぜか「裏話」としてしか聞こえてこない。コンピュータの不具合や取扱の不注意や失敗により記録が失われることは、我々の身近なところでも事例はいくらでもありそうだ。