与那国島海底遺跡と古代文化
大内 徹(神戸大学都市安全研究センター助教授)
琉球諸島与那国島の海底遺跡に関心が集まっている。マスコミにもしばしば取り上げられ、テレビでも特集が組まれたりしている。この海底遺跡に関しては様々な方面の興味をよび、その真偽をはじめ多くの議論をよんでいる。このような「超…」といった類の話は以前にもよくあったし、この話に対しても怪訝に思われている方も多いと思う。しかし、今回はだいぶ様子が異なるといって良い。またかではすまされないものがあるからである。また、もし古代遺跡だとすると海底に水没した状況から判断して1万年以上も前に高度な文明が存在したことになり、大変な問題を提起することになる。そこで本小論ではこの海底遺跡の実態とその提起する古代史的問題について考えてみたい。なお、海底遺跡の詳細に関しては最近の調査の進展を含めた総括的な書『与那国島海底遺跡』、(木村政明著、ザ・マサダ)が刊行されているので参照されたい。
筆者は神戸大学理学部の原俊夫(物理学)と1997年10月にこの海底遺跡のダイブによる調査を行った。現場を直接見て実物を確認することがまず何よりも重要であると考えたからである。すでに多くの写真も公開されているが、海底下ということもあり、特定の都合のいいアングルからのみ、また適当に誇張ないし化粧されているのではないか等の懸念もあったからである。ダイブによる調査の結果は、結論からいうと、これまで公開されている海底写真やテレビ等で放送された映像に関しては特殊な誇張、修正等はなく、全くその通り受け取ってよいということである。現在筆者はこれが人工構造物、したがって遺跡であると考えている。しかし、同行の原は自然構造物説をとっており、慎重論もある。
実は、海底遺跡に関しては与那国島のほかにも、本島や喜界島周辺域にもその存在の可能性が指摘されている。さらに、南太平洋ポナペのナンマタル遺跡周辺域や大西洋バーミューダ海域にも海底遺跡の可能性が議論されている。どういうわけかこれらの地域では組織立った調査はほとんどなされていない。
また、海底遺跡に限らず、イースター島をはじめとする太平洋のポリネシアやミクロネシアの島々には様々な遺跡が残されている。グアム島のラッテストーンもよく知られている。筆者も実際に実物を見た際にはなぜこのようなものがとの強烈な印象を受けた記憶がある。ナンマタルの石造遺跡の規模は相当大きいようであるし、南太平洋のイースター島にかけたきわめて広範囲に広がっていることが改めて注目される。これらの遺跡が何を意味するのかは現在のところ満足のいく説明はなされていない。
与那国島の海底遺跡問題に関係して、いろいろな資料を集めて検討したりする過程で浮かび上がってきたのは、いままで全く見落とされてきた、意外で異質な、はるかに古くそして大きな古代文化の存在である。
中国では三星堆や龍馬等の長江流域にある遺跡の発掘により、従来黄河流域を中心とした文明圏とは別の長江流域における高度な古代文明圏の存在が明らかになってきている。三星堆の発掘物等を見る限り、周、漢代以降のいわゆる中国文化とは明らかに異質なものが感じられる。与那国の海底遺跡と関連してあまりにも興味深いものがあるといわなければならない。
エジプトでも土台の雨による浸食跡からスフィンクスの建造が1万年を越えるらしいことがわかってきている。ピラミッドのその建設と歴史についても、1993年のドイツ隊のロボットを用いた調査等の発見により、大幅な見直しがはじまっている。エジプトの古代遺跡の実体は従来の見解とは大分異なり、いままで抱いていたものとはずいぶん違うようだ。