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クザーヌスはバーゼル公会議で教会の分裂を解決するために、1433年、教会社会学の大著『Deconcordantia catholica』(普遍的和合について)を著した。そして会議の中で、癒すことの困難な西欧キリスト教の分裂を、また、数百年続いた東西キリスト教間の分裂と抗争の悲劇を体験した。ローマを本山とする西欧カトリック教会とコンスタンチノープルを本山とする東方教会は500年にわたって対立し、お互いに破門した状態にあった。それを解決するために彼は危険な東方への船旅にでた。地中海は当時イスラームの海軍に支配されキリスト教の船は何時攻撃されるか分からなかった。しかし、そのような状況の中でこそ彼の精神は天来の光に照らされ、彼の神学、哲学、科学、社会学の原理となる思想「対立物の一致」(coincidentia oppositorum)が生まれた。真の発見、真の創造は閃きであり人間の知力を超えるものからの賜である。21世紀に必要なのは、このような天来の閃きである。クザーヌスの生誕600年が過ぎた。しかるに人類はクザーヌスが求め、その実現のために苦闘した平和な社会を未だ実現していない。二度の世界大戦の原因となった西欧世界の責任に目覚めたキリスト教教会は、20世紀の後半になって、人類の滅亡を招来するキューバ危機に直面し、平和の重要性に目覚め、クザーヌスが500年以上も前に教えた宗教の本質としての平和学を真剣に考えることになった。1962年第二バチカン公会議がヨハネ二十三世の英断で開催され、世界の宗教指導者を集めて世界の平和の実現をあらゆる面から論議しその結論が公会議文書で現代世界に公布された。日本からもカトリックの代表はもとより、仏教の代表として立正佼成会の開祖庭野日敬師が特別に招待され、パウロ六世教皇と会見し、カトリックと仏教とが人類の平和社会建設に手を結ぶことになった。こうして1970年には京都において世界宗教者平和会議(WCRP)が諸国の宗教代表を迎えて開催された。それから30年、2000年11月27日、京都国際会館で多くの関係者を集めて記念式典が開かれ、記念講演、シンポシオンなどが行われた。『世界宗教平和会議30年史』を開くとその偉大な功績を知ることができる。世界宗教者平和会議日本委員会委員長であるカトリック教会枢機卿白柳誠一大司教が挨拶に述べておられることは人類が第3千年期を迎える今、すべての人が心に刻まねばならないと思う。
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