クザーヌス生誕600年記念について
坂本 堯(聖マリアンナ医科大学名誉教授)
西暦2001年はクザーヌスがドイツのモーゼル河畔に産声を上げてから600年になる。今年5月、彼が生まれたドイツではその生誕記念が盛大に開催されることになっている。その生誕地には多くのクザーヌス研究者が世界の各地から訪れるであろう。
西暦1401年に彼はモーゼル川の一船頭の長男として生まれ、キリスト教の洗礼を受けた。こうして彼は当時の激動するキリスト教、カトリック教会の一員となった。父親からその仕事を継ぐには無能と思われ捨てられたこの少年は、領主マンデルシャイド伯爵からその類まれな天才的知能を見出され、当時進歩していたオランダやイタリアに留学することができた。ついにパドア大学の法学博士となり、さらにドイツのケルン大学の神学部で学びカトリック教会の司祭となった。分裂したキリスト教社会を和合し、イスラームと平和を樹立するために教会政治家として活動し、司教、枢機卿となり、教皇代理にまで進んだ。彼がただ高位聖職者になっただけだったら、そんなに彼の生誕を国際的に祝うこともなかったであろう。死後600年たっても、一人の学者、司教のためにヨーロッパ、アメリカ、日本のクザーヌス学会ができ、その誕生を記念するために集まって来るのはなぜだろうか。彼の創造した神学、哲学、科学、そして彼が実践した宗教革命、国際政治、社会事業が現代ヨーロッパ、アメリカの文化と文明の基礎となったことがその理由と思われる。
事実、その後、彼に洗礼を授けたキリスト教教会は目をみはるような発展を遂げた。現代世界を見渡すとき、キリスト教信徒の数はカトリック教会だけで9億に達している。プロテスタントや東方教会など諸派を加えると十数億に達する世界最大の宗派になっている。そして、キリスト教諸国とその教団はヨーロッパを基点として、北アメリカ、ラテンアメリカ、アフリカ、アジア、オセニアの諸地方に広がり、キリスト教的西洋文化とその社会は人類全体に重大な影響を与えつつある。
さてこのような西洋キリスト教の進展を考えるときルネッサンスの巨匠たちの存在を注目しないわけにはいかない。その巨匠の一人がニコラウス・クザーヌスであった。彼は一致の思想と、社会の平和を求める巨匠であった。彼が教会政治の中で一致と平和のために書物を著し、調停の活動に当たり、いかに苦労したかは、多くのクザーヌス研究家が明らかにしているところである。
最近出版されたクザーヌス研究書の中にアメリカクザーヌス学会の会長渡邉守道氏の著書『ニコラウス・クザーヌス』〔聖学院大学出版会、2000年9月〕がある。この書にはクザーヌスのこの方面の研究が記述されており、クザーヌス研究には大変助けになる。この著書の第2章にはクザーヌスが平和と一致をもとめた混迷する15世紀のヨーロッパキリスト教社会について述べている。
「西ヨーロッパの15世紀前半は、いろいろな分野において危機と動乱にはらんだ時代であった。1338年に始まった百年戦争は依然として進行中であり、それに関連してジャンヌ・ダルクが出現したのもこの時代に他ならない。13世紀末に勃興したオスマン・トルコが勢力を拡大し、ついに1453年にコンスタンチノーブルを陥落させて、東ヨーロッパのみならず、西ヨーロッパの各地の人々に危機感を高めるに至ったのも見逃しがたい事実である。それ以上に長期にわたり、たんに政治のみならず、宗教的、精神的にも重大な影響を及ぼしたのは、1309年から1377年まで続いた、いわゆるカトリック教会の『アヴィニヨンの捕囚』と、その結果としてその後に起こった『教会大分裂』(1378-1417)であったと言えよう」(同書201頁)。