中央学術研究所
未来のために”今”を考える
中央学術研究所とは

行事のお知らせ

研究所刊行物

佛教根本聖典

明日への提言

研究所周辺地図

お問い合わせ

HOME
Page: 1 | 2

2
 新しい世紀を、「戦争の世紀」にしないためには、主張や立場や利害の対立から生じる紛争が、常に平和的、非暴力的に解決されなければならない。そしてそのためには、宗教は、従来のように、戦争や紛争の当事者として暴力を是認したり正当化するのではなく、むしろ、非暴力主義的解決に役立つような働きに徹しなければならない。この点でわれわれは、マハトマ・ガンジーやマルチン・ルーサー・キングの非暴力主義を新しい世紀の人類の共生のために、もう一度見直さなければならない。
 非暴力主義は、巷間違って理解されているように、単なる「無抵抗主義」ではない。非暴力主義は、非暴力の思想と実践に基づいて、悪や不正に対して最も効果的に抵抗し、紛争を解決することである。不正義だからといって、力ずくでこれに抵抗しようとすれば、かえって相手の暴力を誘発し、相手に押さえつけられてしまうという結果になってしまう。そうなると、倒そうとした不正をかえってはびこらせることになりかねない。ガンジーはイギリスの植民地支配の不正に毅然として非暴力で立ち向かったからこそ、かえって有効に戦いえたのである。テロや暴力に訴えていたら、幅広い同情や理解が得られず、世論を味方に付けることは困難であったであろう。まさに無力が力になるという逆説的真理がここにある。キング牧師の黒人差別是正の運動、いわゆる「市民権運動」では、社会的不正を不正として明らかにすること、そしてその不正に対して加担したり、見てみぬ振りをしないこと、さらに、相手にその不正を気付かせること、相手に勝利するのではなく、相手と和解して真に友達になること、口からも拳からも暴力を慎むこと、自分を差別している人たちのためにも祈り、すべての行動を愛をもって行うこと、また自分の個人的欲望を制し、定期的な奉仕活動をすることなどを誓約することを義務付けた。つまり非暴力主義は、政治の場において、愛と正義を如何に両立させるかといういわば預言者的な働きであった。こうした試みは、21世紀における紛争の平和的解決の良き手本として、理論的にも実践的にも、ますます発展させられなければならない。しかし、こうした非暴力の行動は、個人的関係において、あるいは小さな集団の人間関係において、実行することはありうるとしても、国家同士や、民族的宗教的集団間においては困難ではないかという反論がなされることがある。ある程度そうかもしれないが、そこでこそ、世界的連帯を持つ諸宗教の役割や、国家・国家群を代表する政治家の役割が重要になるのではないかと思われる。例えば、日米はパートナーとして協力・協調しているように見えるが、民衆のあいだではお互いに、敵意が払拭されていない。アメリカ人は「リメンバー・パールハーバー(真珠湾を忘れるな)」とことある毎に言い、日本人は「広島、長崎になぜ原爆を落とした」とアメリカを怨む。日本の首相も、アメリカの大統領も本当に心から謝罪したこともなければ、お互いを赦すと言ったこともない。赦しは、真の和解には不可欠であり、赦しは愛の表現として政治家が平和のために心すべきことを、宗教者は政治と政治家に向かってもっと強調しなければならない。政治において正義が唱えられることはあっても、赦しが説かれることは殆どなかった。赦しは、過去を忘れることや水に流すことではなくて、過去を忘れず、しかし過去を乗り越えることである。罪を憎んで人を憎まず、相手の人間性を認め、そこに接点を求めようとするものである。21世紀は、政治において赦しを実践する世紀でなければならない。

◆プロフィール◆
飯坂良明(いいさか よしあき) 【1926年生】
1948年東京大学法学部政治学科卒業、1951年大学院特別研究生修了。
1951年学習院大学講師、1952年助教授を経て、1958年教授となり、その後1970年附属図書館長、1977年法学部長、1979年東洋文化研究所長を歴任。
1995年聖学院大学院教授、1999年聖学院大学院長、2000年聖学院大学学長、現在に至る。
専攻:政治学、政治思想史
著書:『権力への抵抗』(教文館)、『現代社会を見る眼』(NHKブックス)、『キリスト者の政治的責任』(新教出版社)『宗教と現代』(玉川大学出版部)他多数。